やってみて良かった習い事

私は中学から大学まで空手を習っておりました。
しかし中学時代と高校から大学までは習っていた流派が変わります。
まず中学時代は「和道流」という名の場所で習っておりました。
私の習っていたところでは演武(型)が中心で、あまり組手は盛んには行いませんでした。
ある時、組手のやり方を知らない私に先生は「次の大会に出ろ」と言われました。
演武は毎日のようにやっておりましたので、大会で求められている演武は問題なく出来ますが、組手はやったことがなく不安でしたので先生へその旨を伝えました。
すると先生は「大丈夫、出ればなんとかなるから」と言われました。
それだけでした。

あとは見よう見まねでひたすら演武の練習をしました。
大会当日、演武は無事に終わりました。残すは組手です。
まだ白帯の私を対戦者は知人であろう隣の人に私を指さして笑ってました。
相手は色帯でした。格は上になりますがその態度に憤りを覚えました。
さて、ルールもよく分からない状態での初試合となりました。
審判の「はじめ」という合図で礼をしてから、相手は構えました。
私は走り、そのまま飛び蹴りをしました。
相手は見事に吹っ飛び場外へ出ました。
どうだ。私の事を笑うからそのような目に合うのだと思知らせるつもりの一撃でした。
審判「減点」
どうやら飛び蹴りは禁止らしいです。正直知らないです。
大会に出ろと言われた後も、とくにいつも通り演武演武の毎日で、具体的になにをやるのかも教わらず、組手も一切やらず、大会に出場するメンバーだけ特訓することもなく。
毎日毎日演武の日々だった私に何を理解できましょう。
気を取り直して再戦です。
私と相手はプロテクターをつけており、拳や胸や顔に保護をしており、殴りにくいし、顔は息で曇って見ずらいヘルメットのようなものを装着してました。
ヘルメットも完全に頭を覆うものではなく、仮面のように前だけをカバーしているので側頭部、後頭部は露出しておりました。
そこで私は仮面を叩いても拳が痛いので、プロテクターから露出している側頭部に思いっきり右フックをしました。
相手は崩れました。
審判「減点」
倒したのに訳が分かりません。
審判「飛ぶ蹴り、フックはだめ、次やったら退場だよ」
そうですか。初めて知りました。
相手は起き上がり再戦です。
貧弱な痛くもないパンチがお腹にぽかぽか当たります。
膝蹴りしました。
減点でした。
負けました。
悔しくて悔しくて涙が止まりませんでした。
その後も、私の通っていた道場ではひたすら演武を行ってました。
私には向いておらず。中学三年の頃にはほとんど通わなくなり辞めました。
高校になり、親の勧めで新しく出来た道場に通うことになりました。
同じく空手ですが「極真」という流派でした。
思春期のフラストレーション(意味もない怒り)が溜まっていたので組手が出来ないなら辞めようと思ってました。
ところが、その道場は組手が中心で、しかも実践に近い戦い方でした。
恐る恐るたずねました。
飛び蹴りは大丈夫ですか。
先生「当たるなら大丈夫ですよ。隙は多いですけどね。」
フックは大丈夫ですか。
先生「極真は顔は叩いちゃだめだけど、顔と金的以外なら大丈夫ですよ。」
膝蹴りは大丈夫ですか。
先生「膝蹴りはよく使うよ。上手く当たれば一撃で倒せることもあります。」
・・・・。
なんて理想的な世界なんでしょう。
私は没頭しました。
強い先生、先輩に倒されても立ち上がり、何度も何度も挑みました。
少し危ない思考ですが、外で人を殴れば当然捕まります。
しかし道場の中では逆です。
人を殴り、倒した人が褒められ、倒れた人に罵声とまではいきませんが、もっと頑張りなさいと言われます。
私は極真という世界にのめり込み、とても堪能いたしました。
毎日傷だらけで学校に行くものですから、不良もびびって近寄ってきません。
喧嘩を知らない人は「どうしたのその怪我」と尋ねますが。
喧嘩を知ってる不良は「どこで人を殴った」と聞いてきます。
空手ですよ。と述べるだけで、それ以上は絡んできませんでした。
環境や性格によりますが、私は空手の極真に出会え、習えて良かったと思っております。
やってみて良かった習い事